そのニュースを聞いて、私は、まるで古い恩師を失ったかのように呆然としました。学生時代から、筑紫さんのコメントは、この時代の大切な言葉、自分にとって糧になる言葉と、テレビに張り付くように、一心に耳を傾けていたからです。(難しいことが多かったのですが…)
私にとっては、ブラウン管のなかの先生のようなものだったのです。最近では、環境問題にも熱心に活動されていて、勉強になることも多くありました。
2004年開高健ノンフィクション賞を受賞した際、筑紫さんは、賞の選考委員をされていました。実は、選考はかなり難しく進んでいたのだそうです。けれど、私の作品「ウーマンアローン」は、筑紫さんの強い進言によって受賞が決まったのだと、私はあとから知らされました。
(賞の名になっている)開高健が読みたかったのは、こういった物語なのではないか、と推してくださったのだそうです。
(賞の名になっている)開高健が読みたかったのは、こういった物語なのではないか、と推してくださったのだそうです。
今でも、温かい声で、微笑んでくださったのを覚えています。
もっともっと、私たちにいろんなことを伝えてほしかったと、そう願わずにいられないこの時代、この日本において、大切な方を失ったのだと思います。
とても残念でなりませんが、「お疲れ様でした…。どうぞ、安らかにお休みください」そして、「ありがとうございました」
写真は、筑紫さんとの大切な一枚です。
写真は、筑紫さんとの大切な一枚です。
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